開催日当日朝

 RX500はロータリーエンジンを積んだガルウイングのリアミッドシップ車だ。詳細については改めて述べるが、単なる偶然なのか、それともスポーツカーとしての・レーシングカーとしての必然なのか、AZ−1との類似点が非常に多い。よってRX500はAZ−1の、さらにはAZ550の直系の先祖だといえるし、そうであるとここに宣言・定義する。
 ついでに言うと、ルマンで優勝した787Bの直系の子孫もAZ−1ね。海外のサーキットで24時間耐久をやったことがあるマツダのリアミッドシップ市販車はAZ−1だけなので。






 マツダファンには見逃せないビッグイベントなので、またスポーツカー乗りとしての、ガルウイング乗りとしての示しをつけるため、都合の付くAZ−1乗りが朝の8:00に会場入りした。




 が・・・一番乗りは徳島ナンバーのデロリアン。あちゃ〜、逆に示しをつけられてしまった。




 会場直前。我々の勝手な予測では、相当数の行列になっているのではないかと予想したが、並んだのはAZ−1オーナーを含めごく少数だった。




 それにしても由々しき事態である。こんな重大なイベントの初日に、朝一番で集合していたマツダのスポーツカー乗りがAZ−1だけだとは。この日は11:00頃までいたのだが、駐車場にいたのはファミリー系の車がほとんどで、ロードスターが2台、ロータリーが1台いたかどうかという状況だった。後はランティスがいたくらいか。旧車の展示なのに、旧車と呼べるレベルにある車は皆無。AZ−1の存在確率から単純に考えると、AZ−1が3台もいれば、旧車・稀少車・趣味の車・スポーツカー系の車で交通科学館の駐車場が埋め尽くされていてもおかしくないのだ。いやイベント内容からすると、それが自然であり当然であり、そうじゃない事が異常である。

 我々はこの異常ともいえる現実をどう解釈し、どう理解すればいいのだろう。まず、ファミリーカーが来ていたのは、現在もしくは昔、この手の車に興味を持った人がきたためと考えるのが自然である。これはこれで問題ないし、興味を持ち続けるのはよい傾向だ。
 しかし問題なのは、現在旧車・稀少車・趣味の車・スポーツカー系の車に乗っている当事者とも言える人間が来ていなかった点である。ただ漫然とこの手の車に乗るだけで、ホントのところは車なんかに興味を示さない人間が乗る車になっているために、こんな事態になったのだろうか。逆説的に言うと、旧車・稀少車・趣味の車・スポーツカー系の車に興味を持つほとんどの人は、諸般の事情でみんなファミリーカーに移行してしまったとでも言うのか。なおこの傾向は最終日まで続き、最大の盛り上がりを見せた8月2日(「RX500開発秘話」が行われた日)でさえも大きな変化はなかった(つーか、8月2日に秘話会場にいた人間の1/10がAZ−1オーナーであった現実はいったい・・・)。
 他の事例からもその可能性は伺える。例えばTipoオーバーヒートミーティングを例にとると、07年は第7回目ということで、「7ミーティング」を公募していた。しかしスーパーセブンやRX-7がミーティングをしてはいなかった。08年もRX-8はあまり集まっていなかった。相当数のRX-8が市場に存在するにもかかわらず、聖地広島の隣で行われていたにもかかわらずである。
 もし仮説が正しいとするならば、「まぼろしのスーパーカー展」は、復活したRX500だけではなく、実に皮肉な現実をも見せつける結果となってしまったと感じる。絶滅危惧種と呼ばれるこの手の車は、車が少なくなっているから絶滅が危惧されるだけではなく、ホントのところは当事者自身がこの手の車自体に興味がない、もしくは興味があってもやり抜く実行力がない(今回の場合は交通科学館に来ない)ことも原因だと考えられる。これをなんとかする方法については散々述べてきたので過去のレポートを参照していただくとして、私としては自動車趣味の本道を・あり方を・やり方をより多くの人に伝えて動機付けすると共に、その中から本当に自動車趣味をやるという人を発掘することに努めるしかない。