童夢展

 同時開催として「童夢展」なるものが行われていた。




 が、童夢とはなんぞやといったような説明は一切無く、車がおいてあるだけ。説明と言えば、下の写真の看板があるだけだ。




 こりゃもうまとめようがない。が、決して童夢の社長が悪いわけではない。主宰者の意識の問題だろう。
 まとめるためにいろいろ探していると、童夢のHPに現社長の書いたコラム「日本モータースポーツ小論」が渾身の大作だったので紹介したい。これは、自分たちが生業としているモータースポーツの惨憺たる現状と、それを改善するために自分たちなりの努力と方法論を綴ったものである。長文だが、当HPの長文に読み慣れていれば読破可能だ。私自身が当事者ではないためどこまで本当の話なのか信じがたいところもあるのだが、日本のモータースポーツの一翼を担った人の重い意見であることを心に留めておきたい。せめてこのコラムを「童夢展」で展示していれば、社長の主張が多くの人達に見てもらえるし、金もかからないし、「車だけがおいてある」なんて状況を回避できるので、訴求点がわからない点にかなりの改善ができたのではないかと思う。
 私としても現状の自動車趣味をなんとかまっとうな方向へと変えたいと思ってこのHPをやっているので、現状の変革へと立ち向かった童夢の社長の気持ちはよく分かる。例えば、
もともとレーシング・ドライバーは少年たちの憧れの職業であるはずで、放っておいても群がってくる状況が当たり前でなくてはならない。その大勢の中から淘汰されてのし上がってきた者だけに栄冠が与えられるべきで、現状のように、取っ付きやすいようにハードルを下げ、真綿でくるんで大切に育てるような状況こそおかしい。これがタレントのオーディションだったら日本の芸能界はブスばかりだ。日本のレース界が彼らに与えるべきものは入り易いだけの入り口ではなく、輝ける頂点だ。
 との行がある。まさに現状の自動車趣味、もっというと旧車趣味とおおむね符合する。

 上の言葉を私なりに言い換えるとすると・・・
もともと趣味の車は少年たちの憧れの車であるはずで、放っておいても群がってくる状況が当たり前でなくてはならない。その大勢の中から将来への覚悟・高い技術力と目的意識・リスク対応・家族への説得などの諸条件をクリアしてきた者だけが所有するべきで、現状のように旧車は楽しいとか言って煽り取っ付きやすいようにハードルを下げてオーナーを増やそうという状況こそおかしい。これがタレントのオーディションだったら日本の芸能界はブスばかりだ。日本の趣味の車が彼らに与えるべきものは入り易いだけの入り口ではなく、自己実現によってのみ達成される輝ける頂点が存在することを知らしめることだ。
 繰り返しになるが旧車を持つことの経済的リスク等を勘案せずに「旧車は楽しい」等とハードルを下げて煽るだけの雑誌記事を目にすると非常に心が痛む。この程度の記事を見ただけで「いっちょ、やってみようか」と思い立ち技術も何もなく趣味の車を持ってしまったら、車がダメにされるのが目に見えているためだ。車にとってこんな状況が良いわけがない。
 さらに自動車趣味の場合は「輝ける頂点」が、表彰状やトロフィー等といった形として明確に存在しないので状況はもっと深刻だといっていい。繰り返しになるが自動車趣味における「輝ける頂点」とは、車を通じた自己研鑽と他のオーナーへの結果の還元、つまりは自己実現であろう。ただ、こんなことをやっても誰も誉めてはくれないので、ある意味レーシングドライバーよりも強い目的意識を持った人が望まれる。自己研鑽が面倒だから、自動車メーカーの作った輝ける頂点(レース等に優勝したとか、○○エンジンを開発したとか)にすがり、自分のなし得たことではなく、メーカーのやったことを我がことのように語るのが自動車趣味だ、となってしまったのかもしれない。

 コンテンツはこれだけにします。あとは写真を見てちょーだい。