「アナログなクラブ」の行く末

 20周年ミーティングのパンフレットに気になる一言があった。それが「アナログなクラブ」という言葉である。
 結論から言うと、20周年ミーティングを見て確信したのは、「アナログなクラブの行く末はイベント企画会社になる」ということだ。


 「アナログなクラブ」とことさらに強調する理由は私にもよく分かる。10周年ミーティング以降、急速に発達していくネット。そこには多数のHPやブログやSNSが生まれては消えるため、アナログなクラブからするとデジタルなクラブとは無責任でリーダーなき烏合の衆と映っているはずだ。また資金がないため大したことができない。
 それに対しアナログなクラブは、会費を徴収するシステムになっているためクラブ員に対して無責任なことは出来ないし、何か行動しようとする際にも資金が準備できている。だからこそ、デジタルなクラブよりもアナログなクラブの方が勝っているしこれからも存続するという考え方だ。

 確かにその面はあるのだが、遊び友達や車にとって有益な情報はタダでネットで手に入るようになったため、近年におけるアナログなクラブは会員確保もままならなくなり台所事情が苦しくなっている。アナログなクラブにとって、デジタルなクラブとは自分たちを危機に陥れる脅威である。「悪貨は良貨を駆逐する」とさえ思っているのではないだろうか。そうでなければ、わざわざ「アナログなクラブ」とことさらに強調しないだろう。
 悪いことに「アナログなクラブ」は会費が存在する以上、会員と非会員の区別をしなければならないため、コピーが面倒で情報量も限られる印刷媒体を主体として会員のみに郵送で配布せざるを得ず、そのため車にとって有意義な情報を多くの人に分け隔てなく展開することが出来なくなっている。


 この考え方や実体はアナログの代表とも言える印刷媒体のそれによく似ている。特に本質を見誤っている点は大きい。つまり「車がいかに幸せになるか、どれだけ腕を競い合うか、そのために何をすべきなのか、どんな情報を揃えて展開すべきなのか、それをみんなで一緒に作り上げることが楽しい」という自動車を含む趣味全般の本質に対し、「いかに会員を確保し、現体制を維持していくか」、「どんなイベントをやってカネを儲けるか」に主体を置かざるを得なくなっている点である。「カネを払ってくれているクラブ員に対して無責任なことは出来ない、そのためにどれだけ有意義なことができるか検討・実現する」という本来の姿が「車をどうこうするよりも、会費で築き上げてきた現体制をどうやって維持するか」に、いつの間にかすり替わってしまうのである。破綻してしまったら会費の払い戻しなどでもっと大変なことになってしまうからだ。
 かくして、手っ取り早く資金を確保するため「資金源となりうる人をどれだけ多く確保できるか」、「より多くのオーナーが参加できるよう、いかに人間が快楽を享受できる内容にハードルを下げるか」に主眼が置かれてしまう傾向にある。アナログなクラブは「自動車のクラブ」という看板を掲げて車が集まってくるミーティングを主催してはいるものの、内容的には自動車趣味の本質とはあまり関係のないイベント企画運営を行う組織へと変化していく。これは自動車関連の出版社や他のクラブ主催のイベントにも共通している。「ロードスターよ、お前もか」という感がある。


 フリーウエアや少額のドネーションのシェアウエアと同じ考え方なのだが、車に関する情報を無料で展開して多くの車が幸せになれば、それがベストな方法であり、本質を突いたやり方である。先立つものがなくても、工夫すればなんとでもなる。さすがに三次の貸し切りは無理だし有名人とのコネクションもできないが、そんなコネクションはイミテーションであり自動車趣味の本質や車の発展にほとんど関係しない。
 デジタルには信念も実行力もない人間が手軽に開設できるために生まれては消えるを繰り返すという副作用があるものの、しっかりしているところはいくらでもある。そう考えると現状ではアナログよりもデジタルの方が自動車趣味の本質を具現化するには適切な存在であると、ロードスター20周年ミーティングとそのあり方や内容を見て改めて感じた次第である。



 長かったロードスター20周年ミーティングのレポートもこれでおしまい。30周年はいったいどれだけ進化しているのか、もっといえばどれだけ自動車趣味の原点に回帰しているのか、この10年を楽しみに待ちたい。